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雑記

140字じゃ書ききれないこと。 (@tkkr_g)

複製不可能な音楽

感想

柴さん>ブログ書きました。昨日のTHE BIG PARADEと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を通して考えたこと。 / “音楽の「コピーできない体験」はライヴだけじゃない、という話 - 日々の音色とことば” http://t.co/B3mMED6tWp

 

 

サマーヌード思い出した。音楽と記憶の繋がりは複製できない個々のもので、逃げたり捕らわれたり抑圧したり糧にしたりできる。それを上書きしたり忘れたりもできる。消費されない心に残る音楽を作るには、個々の記憶といかに結び付くか、個々にどれだけ寄り添ってあげられるかなんじゃないかなあ。

寄り添うっていうのも同調したり気持ちを汲んで連れ出したり見守ったり色んなスタンスがあってそれは個々状況それぞれで。だからこのやり方が正しいだとかこうすれば売れるっていうの関係なしにそれぞれ良いと思う音楽が広まって、自分に寄り添ってくれるような音楽がみつかる世の中になればいいなあ。

複製可能な音源でも、複製可能じゃない繋がりは作れる。どう出会うかだよね。その上でCDもDLもストリーミングも選択肢のひとつでしかない。ライブの強さは体験という記憶と音楽を強制的に結びつける権力のようなものを持っているなあと最近思っていた訳です。だからあんまフェス文化は好きじゃない